灯台下暗しってほとんどの人が使い方間違えてる。しかし、これって、確信犯みたく誤解が多すぎて、もうそういう意味にしちゃおうってことなのか?

灯台ってあの海岸で船の道しるべとなってるあれです。それを思い浮かべて みなさん2つ勘違いされてる。
1、例えば、不倫で密会などするとき不倫相手の家でする。不倫されてる方は「まさか」と疑わず。それが灯台もとくらし。
2、照らされてるところで探し物するが、実際は灯台に。照らしてる灯台に本質はある。

これは2つとも間違いで、灯台下暗しの本当の意味は
電気というものがない時代は油に火をともす灯台(行灯)をたよって人々は暮らしていた。もの(特に書物)はその程度の明かりでは見にくい。だから、人々は灯台に近づいた。それは距離をとって見るよりも見にくいのだ。それを「灯台に近づきすぎるとさらに見にくくなる」この意味の本質は「一歩距離をとって俯瞰で物事をみてみましょう」とい教訓なのだ。

自分の行為の方が法律よりも正しいと確信して違法行為を行う事だ。
しかし、計画的犯行と表現されるべきものを単に確信犯と表現してることが多い。もう皆の勘違いが定説となったのでこの意味もありとしてるらしい。

重複は「ちょうふく」と読んでも「じゅうふく」と読んでもよしとしましょうとしてる。

「代替」はだいたいでなくだいがえと読まないと携帯電話のショップなんかは「だいがえ」と読むように統一しているとか。

言葉は進化する。変化する。けど、こんなでいいのかな…